この小説、実は今読んでも刺さる…!
誰かに
「必要とされたい」
「自分の居場所がほしい」
って思ったこと、ありませんか?
太宰治の短編『灯籠』は、そんな心の奥にある孤独や不安を、驚くほどリアルに描いています。
80年以上前の作品にもかかわらず、「誰かのために尽くしたい」という気持ちは、今の女性にもきっと心当たりがあるはずです。
社会から孤立しながらも、小さな光を見つけていく過程は、現代を生きる私たちの心にも深く響きます。
◆ 太宰治『灯籠』のあらすじ(ネタバレあり)
1937年に発表された『灯籠』は、太宰治が28歳のときに書いた短編小説です。
語り手は、24歳の下駄屋の一人娘・さき子。
彼女は眼科で出会った5歳年下の商業学校生・水野に恋をします。
彼に喜んでもらいたい一心で水着を万引きしてしまいます。
やがて盗みが発覚し、世間からの非難にさらされ、水野からも突き放すような手紙が届きます。
孤独と挫折のなかで、さき子は家族との関係に目を向け、日常の中にある小さな幸福を見つけていく──という物語です。
◆太宰のほかの作品とのちがい
『灯籠』は、女性の独白という形式をとった、太宰治にとっての新しい挑戦ともいえる作品です。
女性心理を繊細に描いた点が特徴的で、これまでの彼の作品とは一味違った雰囲気を感じさせます。
彼の作風進化の一つの重要なステップとして位置づけられるでしょう。
◆ 心の揺れに共感する、ひたむきな女性像
「私を牢へいれては、いけません。私は悪くないのです。」
万引きしておいてこのセリフ!?と思うかもしれません。
けれど、この言葉には不思議な魅力がありました。
自己憐憫と自己陶酔が混ざり合い、どこか客観的に語っているようでもある。
他人事のようなその口ぶりに、私は妙な親近感を覚えてしまったのです。
さき子は、どこか不安定な自己肯定感を抱えつつ、他者に尽くすことで自分の価値を見出そうとする女性です。
その姿勢には、現代にも共通する「承認欲求」や「誰かに必要とされたい」という気持ちが表れています。
太宰はそんな複雑な心情を、顕微鏡でのぞき込むような繊細さで描いています。
読者は彼女の弱さや栄虚心、諦めに自然と共感してしまうのです。
◆ 「絶望からの再生」ではなく「日常の中の希望」
『灯籠』で描かれているのは、劇的な再生ではありません。
社会から孤立し、心が折れそうになったさき子が、家族と共に過ごす時間や日常のささやかな喜びを通して、少しずつ穏やかさを取り戻していく物語です。
象徴的なのが、物語のラストで父が電球を明るいものに取り替える場面。
そこに、さき子はほのかな幸福を感じ取ります。
何かを変えたわけでも、成功したわけでもないけれど、「ここに自分の居場所がある」と思えたことで、彼女の心に希望の光が差したのです。

◆ 『灯籠』が教えてくれたこと
『灯籠』には、劇的な逆転や感動はありません。
でも、日々の中にある「ささやかな光」に気づく優しさが、そっと心に残ります。
万引きをきっかけに、孤立してしまったさき子が、家族とのつながりや、当たり前の日常に美しさを見つけていく——
そんな姿に、私たちもきっと励まされるはずです。
太宰作品の中でもやさしく、そっと背中を押してくれる一編。
「最近ちょっと疲れたな…」という人に、ぜひ読んでほしいです。
◆ まとめ:時代を超えて共感を呼ぶ、静かな希望の物語
『灯籠』は、太宰作品のなかでは珍しく、絶望の果てに少しだけ差し込む「希望」を描いた物語です。
さき子は、環境に打ち勝つのではなく、そこにある幸福を見出すことで、自分の居場所を見つけていきました。
過去の作品でありながら、今を生きる私たちの心にも響くのは、人間の本質が時代を超えて変わらないからかもしれません。
太宰治の『灯籠』は、「人に尽くしたい」「誰かに必要とされたい」と願うすべての人にそっと寄り添ってくれる、小さくも優しい物語でした。